
執筆者
M.N.
ドイツ文学からの理論と考察 1

私は、大学でドイツ文学を専攻していました。
ブレヒトの『三文オペラ』を読んだのはたしか3年生のときだったと思います。
最初は「なんか変な演劇だな」という感想しかなかったのですが、「異化効果(Verfremdungseffekt)」という概念を学んでから、見方がガラッと変わりました。
今回はそのブレヒトの理論をUIデザインに繋げて、「大事なことが目立つUI」について考えてみたいと思います。
ブレヒトと『三文オペラ』について
まず、ブレヒトと『三文オペラ』について少し補足しておきます。
ベルトルト・ブレヒト(1898〜1956)は20世紀のドイツを代表する劇作家・詩人です。
ワイマール共和国時代のベルリンで活躍し、のちにナチスの台頭を受けてアメリカへ亡命。演劇に対する独自の理論と実践で、現代演劇に多大な影響を与えた人物です。
『三文オペラ』は1928年に初演された作品で、クルト・ヴァイルが音楽を担当した音楽劇です。
元はジョン・ゲイの『乞食オペラ』をもとにしており、19世紀ロンドンの暗黒街を舞台に、盗賊の親分マック・ザ・ナイフと、乞食商会の社長ピーチャムが繰り広げる話です。
「銀行を作ることと、銀行を襲うことの違いはなんだ?」というセリフが象徴するように、当時の資本主義社会への痛烈な風刺が込められています。
初演は大ヒットとなり、劇中歌「マック・ザ・ナイフ」は後年ルイ・アームストロングやフランク・シナトラにもカバーされるほど有名になりました。
ちなみに何度も映画化されており、映像作品としても楽しめます。
ドイツ文学からの理論と考察 2

異化効果(Verfremdungseffekt)とは
◆ブレヒトが問題にしたこと
ブレヒトが問題にしたのは、観客が舞台に「没入しすぎること」でした。
普通の演劇では、観客は物語に引き込まれ、主人公と感情を共有します。
それ自体は悪いことではないのですが、ブレヒトから見ると「没入しているあいだ、観客は考えることをやめている」状態でした。彼が目指したのは、観客を感動させることではなく考えさせることだったのです。
◆異化効果とは
そこで生まれたのが異化効果(Verfremdungseffekt)です。ドイツ語の「fremd(異質な、見知らぬ)」に由来するこの言葉は、「慣れ親しんだものを、あえて見知らぬものとして提示する技法」と言い換えられます。
具体的には、こんな演出を使います。
・俳優が突然、客席に向けて語りかける
・場面転換を隠さず、幕を張ったまま俳優が登場する
・字幕やスクリーンで説明を差し込む
特に最後のネタバレ演出は印象的です。
「メッキーは娼婦たちに裏切られたが、別の女の愛で監獄から解放される」という予告が幕間に流れます。
「え、そんなこと言っていいの?」と思いますが、これが意図的な仕掛けです。
ストーリーがどうなるかを先に知ることで、観客は「結末を追いかける」モードから外れ、「登場人物がなぜそう行動するのか」「この社会構造はどうなっているのか」という批判的な目で舞台を見るようになる。
ブレヒトはそれを狙っていたわけです。
異化効果とは、一言で言えば「没入を意図的に妨げることで、思考を促す」技法です。
「異化」という言葉は耳慣れないかもしれませんが、「同化」という言葉の対義語と考えると馴染みやすいかもしれません。
UIについての考察

UIにおける「慣れ」の問題
さて、ここからエンジニアっぽい話をします。
ユーザーは使い慣れたUIに対して、驚くほど鈍感になっていきます。
毎日クリックしている「保存」ボタンは、そのうち視界に入らなくなります。ダッシュボードに赤いバッジがあっても「どうせいつものやつ」と判断して、無意識に読み飛ばします。
通知が積み上がっていても、その存在ごとノイズとして処理されます。
これはバナーブラインドネスと呼ばれることもあります。広告がいつも同じ場所にあるから目に入らなくなる、あの現象です。UIでも同じことが起きます。
人間の認知は「変わらないもの」を意識的に処理するのをやめていきます。省エネとして理にかなっているのですが、UIとしては困ります。
✓ 「重要な警告が赤字でされているのに、見慣れてしまって気づかなかった」
✓ 「大事な処理の前に『本当に実行しますか?』という確認が出るのに惰性で進めるボタンを押してしまった」
こういった経験のある方は、結構おられるのではないでしょうか。
「目立たせる」の誤解
重要なことを目立たせようとすると、多くの場合「もっと大きく」「もっと赤く」「もっと点滅させよう」という方向に走りがちです。
ただ、
これには落とし穴があって、強調が多すぎると全体が「強調されていない状態」と区別がつかなくなります。
全部太字のドキュメントを見たことはないでしょうか。
何が重要なのか、逆にまったくわからなくなります。あれと同じです。
◆ブレヒトの異化効果との対応
これはブレヒトの異化効果とも対応しています。
『三文オペラ』の演出が効くのは、「普通の場面」があるからこそです。
舞台全体が異化しっぱなしだったら、それはもはや普通になってしまいます。
✓ 「普通」があるからこそ、「違和感」が際立つ。
◆UIへの示唆
UIも同じで、統一感のあるデザインシステムを持つことが、重要な部分を目立たせるための前提条件になっています。
✓ 具体的な実装アイデアは後編でまとめます。













